とりあえずブログ

ゴトウヒデキの活動記録や活動していない記録、それから考えたことをつらつらと書きます。

デザインの歴史から

初めは『見た目のデザイン』

やはり「デザイン」の始まりは、アーツアンドクラフツ運動だ。ここでいう始まりは、「デザイン」という概念が社会に広まったきっかけ、という意味だ。

そして、デザインが社会で確立したのは1920~1930年代だという。この頃アメリカでは、世界恐慌の後ということで、人々の消費を喚起したがっていた。その社会の考えに応えるようにして、機能より見た目がデザインの対象になったようだ。

他社との「差別化」の手段としてデザインが働いた。そうして「消費を促進する」という役割を見事に果たした。

デザインの対象

消防士は、火事を消してくれる。

大工は、建物を建ててくれる。

花屋は、花を売る。

デザイナーは、何をデザインするか明確ではない。初めはデザイナーは「グラフィック」をデザインしていた。しかし、今では主に情報、体験、ビジネスなどに変わっている。つまり、「デザイナー」という職業は「何」をデザインしても良い。その時々の社会が求めるものに応えるようにして、デザイン対象を決めてるにすぎないと考えられる。

そもそも職業なんてものはいつもそうで、社会に求められるから生まれる。そして、求められなくなったものは要らなくなる…。最近、AIが出てきたことで叫ばれている「○○年後なくなる仕事」なんていうのも、社会に求められなくなっただけということなのかなと、ふと思った。

そう思った時、「一生勉強」というよく言われる言葉を思い出した。社会は一生変わり続けるから、社会から求められるものも一生変わり続ける。だから、その求められてるものについて勉強しないといけない。そうしないと、そのうち自分が社会に求められなくなる。簡単に言うと、失業だ。一生勉強とはよく言ったものだ。

デザイナーという職業

つまり「デザイナー」は何をデザインするかが決まっているものでない。「何をデザインするか」は常に変化してるわけで、常に社会に必要なものを考え続ける必要がある。

ただ、どの職業も同じなのは「より望ましい体験を人にもたらす」ということ。異なるのは、アプローチする側面だけではないかと思う。

 

しかし、やはりデザイナーは特殊に感じる。それは、デザイナーほど「問題」に柔軟に取り組んでいる人はいないように感じるからだろう。本当はどんな職業も「問題」を解決しているはずなんだが、デザイナーほど手数が少ない。「どんなことをしてでも問題を解決する!」という感じがない。

その点で、デザイナーは純粋な「問題の解決者」だと感じる。

(参考:サービスデザインの教科書 武山政直

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どんなことをしても問題を解決する人、デザイナーになりたい。それは縛られない発想、自由にいたいという自分の気持ちに近いからなのかもしれない。